2016.04.01
毎度、格別のお引き立てを賜り誠にありがとうございます。
さて、「豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)」は、文久三年、試衛館の同志とともに故郷多摩を離れ、風雲急を告げる”京”へ上る直前に自らまとめた句集である。豊玉は彼の俳号。「うぐひすや はたきの音もついやめる」「来た人に もらひあくびや 春の雨」「梅の花 一輪咲きても うめはうめ」司馬遼太郎先生は、思わず沖田総司も苦笑する程の腕前であったと。 京に上り彼の名は、新撰組にその人ありとなる。土方歳三でございます。
歴史の転換期には、多くの天才が出現し、風の如く天に帰ってゆく。彼もまた、そうであった。明治二年、流転につぐ流転を経て函館戦争で最期を迎える。享年三十五歳。辞世がある。「鉾とりて月見るごとにおもふかな 明日はかばねの上に照かと」
私、四代目伏見屋市平を初め鷹取醤油社員一同は、「質実剛健」を旨とし社業に専念してまいります。どうか相変わりませずごひいきのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
平成二十八年 四月 からたちの花咲くころ
さて、「豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)」は、文久三年、試衛館の同志とともに故郷多摩を離れ、風雲急を告げる”京”へ上る直前に自らまとめた句集である。豊玉は彼の俳号。「うぐひすや はたきの音もついやめる」「来た人に もらひあくびや 春の雨」「梅の花 一輪咲きても うめはうめ」司馬遼太郎先生は、思わず沖田総司も苦笑する程の腕前であったと。 京に上り彼の名は、新撰組にその人ありとなる。土方歳三でございます。
歴史の転換期には、多くの天才が出現し、風の如く天に帰ってゆく。彼もまた、そうであった。明治二年、流転につぐ流転を経て函館戦争で最期を迎える。享年三十五歳。辞世がある。「鉾とりて月見るごとにおもふかな 明日はかばねの上に照かと」
私、四代目伏見屋市平を初め鷹取醤油社員一同は、「質実剛健」を旨とし社業に専念してまいります。どうか相変わりませずごひいきのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
平成二十八年 四月 からたちの花咲くころ